生成AIと研究を進める: 壁打ちを思考録と次の問いにつなげる
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生成AIとの会話を、その場限りで終わらせない
生成AIに相談すると、候補や説明がすぐ返ってくる。行き詰まったときには助かる一方で、会話を閉じた後に「結局、何が分かり、何を決め、次に何をすればよいのか」が残らないこともある。
壁打ちの価値は、生成AIが答えを出してくれることだけではない。自分の考えを言葉にし、根拠、反例、見落としを確かめ、次の調査や相談へ進める状態をつくれることである。
この記事では、生成AIとの対話を、研究の小さなサイクルの中で使う方法を紹介する。ここでいう生成AIには、会話形式で使うものだけでなく、ファイルやツールを扱いながら作業を進めるAIエージェントも含む。ただし、ファイル指定や差分確認など、AIエージェントに特有の使い方を説明する場合だけは、「AIエージェント」と書く。研究テーマや実際の対話ログではなく、分野を問わず使える考え方に絞る。
この記事で学べること
- 生成AIに相談する前に整える文脈
- 自分の案と生成AIの案を比べ、採用を自分で決める方法
- 対話の内容を、思考録、暫定決定、次の問いへ残す方法
- 生成AIとの壁打ちを、人との相談や次の検証につなげる考え方
壁打ちの前に、必要な文脈へたどり着ける状態をつくる
生成AIに「どうすればよいですか」とだけ尋ねると、何を基準に案を比べるのかが曖昧になりやすい。対話の前に大切なのは、決まった項目を毎回すべて書き出すことではない。今回の問いを考えるために必要な文脈へ、生成AIと自分がたどり着ける状態をつくることである。
少なくとも、今何を確かめたいのかと、生成AIに何をしてほしいのかは明らかにする。そのうえで、根拠になる資料、今の仮説や考え、比較するときの制約などを、必要な範囲で参照できるようにする。
AIエージェントを使うなら、今回必ず読むべき事実や、自分の仮説・考えを記録したファイルを指定できる。関連する記録どうしをリンクしておけば、AIエージェントも人間も必要な背景をたどりやすい。読んではならない資料や外部へ渡してはならない情報は、あらかじめルールとして示しておく。
チャット形式の生成AIでは、同じ役割を、必要な事実や自分の考えを入力欄に書く、資料を添付する、要点を短く貼るといった方法で果たせる。一度のメッセージにすべてを詰め込む必要はない。対話が進んでから必要になった情報を追加してもよい。
方法は違っても、確認した事実と仮説・考えを混ぜないことは共通している。生成AIとの会話で出た説明や案は、そのまま事実の記録へ入れない。出所を確認できるまでは、仮説や検討中の案として扱う。
生成AIには、肯定ではなく点検を頼む
自分の考えを説明して「この案でよいですか」と尋ねるだけでは、生成AIがその案を補強する説明を返しやすい。そこで、次のような役割を具体的に頼む。
- 自分の説明に矛盾や飛躍がないかを確認する。
- 成り立たない条件や反例を挙げる。
- 別の考え方や比較対象を示す。
- 判断に必要だが、まだ確認できていない根拠を挙げる。
- 事実として確認できる内容と、推測・提案を分ける。
第8回で扱ったAIと一緒に暴走しないように、生成AIがもっともらしい案を示したからといって、採用理由にはならない。第2回で扱った研究は手法から始めないように、研究の問いから考えた必要条件を満たすか、その根拠を原典で確かめられるか、別の案と比べて何を得て何を失うかを確認する。
AIエージェントに資料を読ませる場合も同じである。読むべき資料、読んではならない資料、外部へ送ってはならない情報を人間が決める。第7回で紹介した研究基盤があれば、関係する記録や出所をたどりながら、この確認を続けやすくなる。
自分の答えがあるときほど、生成AIの案と比べる
自分の中で答えがほぼ決まっている場合にも、私はあえて最初はその答えを示さず、生成AIに案を聞くことがある。自分の案と同じ方向の答えなら、考え方に抜けがないかを確認するきっかけになる。異なる案が出たなら、比較すべき選択肢が一つ増える。
このとき、生成AIの案を「自分と違うから不採用」とは決めない。次の順番で検討する。
- まず生成AIの案に問題点がないかを考える。
- 問題点があれば、その点を示して生成AIに修正案を求める。
- それでも自分の案と異なり、生成AIの案に明確な問題点を見つけられなければ、自分の構想を伝える。
- 二つの案について、それぞれの良い点、悪い点、成り立つ前提、失うものを比べさせる。
- 比較の根拠を自分で確かめ、どちらを採用するか、あるいは別の案にするかを自分で決める。
この方法では、生成AIに正解を決めさせない。自分の案を守るために生成AIの案の欠点を探すのでもない。二つの案が、問いに答えるための必要条件をどこまで満たすか、どの条件では弱くなるかを比べる。
たとえば、生成AIに比較を頼むときは、単に「どちらがよいですか」と聞かずに、問い、必要条件、制約を示す。そのうえで、各案について「満たせる条件」「弱くなる条件」「確認が必要な根拠」「採用しない場合に失うもの」を分けて示させる。答えが一つに決まらなければ、それ自体が次に確かめるべき問いになる。
対話の後に、四つへ振り分ける
会話をそのまま保存するだけでは、後で必要な部分を探しにくい。対話が一区切りしたら、内容を次の四つに分ける。
| 振り分け先 | 残すもの | 注意点 |
|---|---|---|
| 事実 | 原典や実験記録で確認した内容と出所 | 生成AIの説明だけを根拠にしない |
| 思考録 | 比較した案、仮説、反例、採用しなかった理由 | 確定した事実と混ぜない |
| 暫定決定 | 現時点で採用する方針、その理由、見直す条件 | 結論ではなく、状態を明示する |
| 次の問い | 追加で調べること、試すこと、相談すること | 作業名だけでなく、何が分かれば判断できるかを書く |
この振り分けは、生成AIに下書きを作らせると楽になることがある。対話の内容を渡し、四つの区分ごとに候補を出させる。ただし、生成AIに分類を任せきりにしない。自分で、何がどこに振り分けられているかを確認し、事実と仮説が混ざっていれば直す。必要なら理由を示して修正させる。
AIエージェントなら、候補を記録用のファイルへ書き出させ、差分を確認してから採用する方法も取れる。チャット形式の生成AIでも、分類案をコピーして自分の記録へ移す前に同じ確認をすればよい。大切なのは、分類を速く始めることではなく、後から根拠と判断を追える状態にすることである。
特に、採用しなかった案と理由を思考録に残しておくと、数か月後に同じ選択肢を検討し直すときに役立つ。生成AIとの対話で何が変わったのか、どの根拠が不足していたのかもたどれる。
一方で、生成AIが提案した案をすぐに暫定決定へ入れる必要はない。確認すべき根拠が残っているなら、次の問いに置く。決定事項には「何が分かれば見直すか」も書き、判断が変わり得ることを残す。
生成AIとの対話を、人との相談へつなげる
生成AIとの壁打ちだけで、重要な判断を完結させる必要はない。迷いが大きいとき、疲れていて視野が狭くなっているとき、研究の方向を変えるときには、指導者、先輩、同期など、人との相談を優先する。
人と相談する価値は、単に生成AIより正しい答えを得られることではない。まず、自分の考えを相手に伝えようとすると、問い、前提、根拠、分かっていない点を言葉にする必要がある。その途中で、自分でも曖昧だった点に気づける。
さらに、相手は自分の案や生成AIとの会話の流れに引きずられない第三者として、別の視点を持ち込める。生成AIには反例や代替案を明示的に求められるが、安易に肯定したり、与えられた前提の範囲で考えたりしやすい。人との相談では、「その結果を次の応用へ進める前に、もっと分析すべきではないか」「その研究を始める前に、確認すべき前提の研究が足りないのではないか」のように、今の案の外側にある問いを投げかけてもらえることがある。
もちろん、人の意見もそのまま採用するものではない。研究の問い、確認済みの事実、必要条件に照らして、自分で判断する。ただし、研究の方向、結論、スコープの変更のように影響が大きい判断は、生成AIとの会話だけで閉じず、根拠とともに人へ相談する。
そのとき生成AIとの会話は無駄にならない。比較した案、確認済みの事実、まだ判断できない点、相談したい問いを分けておけば、相手と自分の前提をそろえやすくなる。相談で新しい視点や反対意見を得たら、何に対する指摘だったか、今回どう考え直したか、次に何を確認するかを思考録と暫定決定へ残し、次の小さなサイクルを始めればよい。
研究は、一度の対話で正しい答えにたどり着く活動ではない。問いを立て、仮説を置き、調べ、試し、記録し、解釈し、次の問いへ更新する。その繰り返しの中で、生成AIは根拠の候補、反例、見落としを示す研究補佐になる。
まとめ: 対話を、次の問いへ戻す
生成AIとの壁打ちは、答えを受け取って終えるためのものではない。対話の前に必要な文脈へたどり着ける状態をつくり、生成AIには反例・代替案・根拠を求める。自分の答えがあるときも生成AIの案と比べ、問題点の修正とトレードオフの確認を経て、自分で採用を決める。
対話の結果は、事実、思考録、暫定決定、次の問いへ分けて残す。こうすれば、生成AIとの会話は一時的なアイデア出しではなく、研究を次の検証と相談へ進めるための記録になる。
この連載では、研究の問い、文献調査、実験、記録、生成AIとの付き合い方を扱ってきた。今後も、研究を進める中で公開範囲を守りながら一般化できる知見が得られたときは、実践に役立つ形で共有していく。