研究

研究は手法から始めない: 問いをつくる順序

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手法は、研究の入口ではない

「この手法を使ってみたい」「この実験ならできそうだ」と考えることは、研究を始めるときに自然に起こる。私自身も、研究の目的や課題を十分に整理しないまま実験を先に進めたことがある。

実験は動いた。しかし、得られた結果が何に答えているのかが分からなかった。数値が改善しても、それが研究の中核となる問いに答えているのか、別の手法でも同じことができるのかを説明できなかった。必要だったのは手法を増やすことではなく、なぜ解く必要があるのか、今の方法では何が足りないのか、何を明らかにしたいのかへ戻ることだった。

この記事の結論は単純である。研究では、手法を選ぶ前に、問いに答えるために何が必要かを考える。 特定分野の知識は前提にしない。初めて研究に取り組む人にも、研究が途中で止まった人にも使える順序を説明する。

この記事で学べること

まず、三つを分ける

研究の説明が曖昧になるときは、次の三つが一つの文章に混ざっていることが多い。

種類考えること問いかけ
社会的課題なぜ解く必要があるのか誰に、どのような不便・損失・危険があるのか
技術的課題なぜ今は十分に解けていないのか社会的課題を改善するために、現在の知識・技術・方法では何が足りないのか
研究の問いこの研究で何を明らかにするのか何が分かれば、次の判断ができるのか

たとえば、「学生を支援したい」という関心だけでは、まだ研究の問いにはならない。

この例は架空のものであり、特定の研究結果を示すものではない。それでも、三つを分けると、次に調べるべきことと、手法に求めることが見えやすくなる。

社会的課題は「なぜ必要か」を与える。技術的課題は「何がまだ足りないか」を与える。研究の問いは「この研究でどこまで答えるか」を決める。

「できる手法」ではなく「必要な性質」を考える

ここでいう必要条件は、数学における必要条件と同じように、研究の問いに答えるために外せない性質を指す。

反対に、「この手法で目的は達成できそうだ」という理由だけで選ぶことを、この記事では十分そうな説明と呼ぶ。十分そうな説明は目的を満たせそうに見えても、他の手法を比較していなければ、「他の手法でもできるのではないか。なぜこの手法を選んだのか」という質問に答えにくい。実際、卒業研究の発表では教授に似た質問をされている学生は珍しくなかった。

十分そうな説明があることと、その手法を選ぶ必要性を説明できることは別である。

ここからは、情報系の研究でよくある選択を例にする。分野を問わず重要なのは、手法名ではなく、問いに必要な性質から選ぶことである。

先ほどの架空の例では、目的によって必要な性質が変わる。

知りたいこと先に考えるべき性質
合否をできるだけ正確に予測したい予測精度、利用できるデータ量、運用時の計算量
支援すべき要因を説明したい解釈しやすさ、前提を説明できること、結果を再現できること
学習の変化を扱いたい時間的な変化を扱えること、比較する期間の妥当性

深層学習は、データから複雑なパターンを学ぶ手法の一種で、複雑な予測を扱える可能性がある。一方で、データが少ない、説明可能性が重要、比較の根拠を明確にしたいといった条件では、より単純で解釈しやすい手法を検討する理由が生まれることがある。

重要なのは、どちらが常に優れているかではない。問いに答えるために何が必要かが先にあり、その条件に照らして手法を比較することである。

手法を選ぶ前の、小さな記入枠

手法の候補を探し始める前に、次の四つを短く書いてみるとよい。

  1. 社会的課題: なぜこの問題を解く必要があるのか。
  2. 技術的課題: 現在の方法では、何が十分にできていないのか。
  3. 研究の問い: この研究で、何を明らかにするのか。
  4. 必要な性質: その問いに答えるために、手法や実験は何を満たす必要があるのか。

必要な性質には、たとえば次のようなものがある。

この段階で完全な答えを作る必要はない。分からない部分は「未確認」と書いてよい。大切なのは、手法名を先に置かず、何を確認する必要があるかを見える形にすることだ。

手法から始めると、何が起きるか

手法から始めると、研究は必ず失敗するわけではない。ただし、次の問いに答えにくくなる。

「この手法で改善した」という結果だけでは、研究の主張として足りないことがある。改善が何を意味するのか、その改善が本当に研究の問いへつながるのかを説明する必要があるからだ。

また、一度に複数の問題を解こうとすると、さらに難しくなる。複数の課題に対して複数の工夫を入れると、どの工夫がどの課題に効いたのかを示しにくい。

まずは中核となる問いを一つに絞る。その問いに答えるために必要な性質を考え、その後に手法と実験を選ぶ。この順序なら、途中で迷ったときにも戻る場所がある。

問いが曖昧なときの診断順

研究が進まないとき、手法や実験を増やす前に、次の順で確認してみてほしい。

  1. 何を明らかにしたいかを一文で言えるか

    • 手法名を使わずに説明できなければ、問いより手法が先に立っているかもしれない。
  2. どんな結果なら、何が言えるかを説明できるか

    • 結果の意味を事前に考えられなければ、その検証が問いに答えない可能性がある。
  3. 必要な性質に根拠があるか

    • 「精度が高い方がよい」だけでなく、なぜ精度、解釈可能性、速度、再現性などが必要なのかを課題に結び付ける。
  4. 一度に解こうとしている問題が多すぎないか

    • 中核の問いに答えるために本当に必要なものを残し、それ以外はスコープ外にする。

この四つに答えられないときは、社会的課題、技術的課題、研究の問いへ戻る。戻ることは後退ではない。次の実験や調査を無駄にしないための設計である。

生成AIは、問いを点検する研究補佐になる

生成AIは、研究の問いそのものを決める人ではない。けれど、問いを点検する相手にはなれる。

たとえば、自分で書いた四つの記入枠を渡し、次のように頼める。

ただし、生成AIの提案が根拠になるわけではない。提案された前提、手法、論文は、自分で一次情報を確認し、研究の目的と必要な性質に照らして判断する。

生成AIは考える作業をなくす道具ではない。自分では見落としやすい問いを増やし、考える順序を整えるための研究補佐として使う。

生成AIとの壁打ちで、候補が残ったことを採用理由と混同しないために、前提・代替案・根拠をどう点検するかは、第8回「生成AIと一緒に暴走しない」で扱う。

まとめ

研究を始める順序は、次のように整理できる。

社会的課題
  → 技術的課題
  → 研究の問い
  → 問いに答えるために必要な性質
  → 手法と実験

使えそうな手法を見つけたときも、すぐに採用しなくてよい。まず、その手法が問いに答えるためのどの性質を満たすのかを考える。説明できなければ、問いと必要な性質へ戻る。

次回は、立てた問いを先行研究の中に置くために、論文をどう探し、どうたどればよいかを扱う。